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東京地方裁判所 平成8年(ワ)11478号 判決

原告

有限会社幸野建設

右代表者代表取締役

甲山A子

右訴訟代理人弁護士

笠井治

上本忠雄

伊豆田悦義

被告

株式会社第一勧業銀行

右代表者代表取締役

乙川B夫

右訴訟代理人弁護士

関口保太郎

冨永敏文

主文

一  被告は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成八年六月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを九分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金八九九万六〇〇〇円及びこれに対する平成八年六月二八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、不動産競売手続において代表者の名義で売却許可決定を受けたため、その買受代金納付のため被告に融資を申し込み、被告の担当者から内諾を得たにもかかわらず、被告から代金納付期限の直前に融資を拒絶され、その結果、買受代金の納付ができず、買受申出保証金八九九万六〇〇〇円を没収されたとして、被告に対し、使用者責任等に基づく損害賠償として、右八九九万六〇〇〇円及びこれに対する弁済期の後(訴状送達の日の翌日)である平成八年六月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実又は証拠上容易に認められる事実であり、後者については、認定に供した証拠を【 】内に掲げた。)

1  原告は、原告代表者甲山A子(以下「A子」という。)の父である甲山C雄(以下「C雄」という。)が実質的に経営する会社である。

C雄は、もと株式会社日野建設(以下「日野建設」という。)を経営していたが、同社が平成五年五月一三日に破産宣告を受けたため、同年七月一日、原告を設立し、形式的にA子を原告の代表取締役とした。【≪証拠省略≫、証人甲山C雄】

2  原告は、代表者であるA子の名義で、平成七年一一月一五日、横浜地方裁判所平成五年(ケ)第九四〇号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)において、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)について、買受申出保証金八九九万六〇〇〇円を提供した上、代金五〇一二万円で買受けの申出(入札)をし、同年一二月一日、その売却許可決定を受けた。そして、同年一二月一三日、残金四一一二万四〇〇〇円についての代金納付期限が平成八年二月九日と定められた。【≪証拠省略≫、証人甲山C雄。なお、右入札等の実質的主体が原告であることについては、後記第三争点に対する判断の一及び二で更に判断を加える。】

3  C雄は、右買受代金納付のため、平成八年一月八日、知人の丙谷D郎(以下「丙谷」という。)から紹介された被告銀行青葉台支店の支店長代理丁沢E介(以下「丁沢」という。)に、原告に対する融資を申し込んだ。丁沢は、神奈川県信用保証協会及び川崎市信用保証協会(以下、両者を合わせて「各保証協会」という。)の保証を受けての融資に前向きの姿勢を示し、信用保証委託申込書用紙をC雄に交付した。【≪証拠省略≫、証人丁沢E介、同甲山C雄、同丙谷D郎】

4  丁沢は、平成八年一月一二日、原告から各保証協会宛の各信用保証委託申込書を受領し、借入金額を各二〇〇〇万円と記入した上、同月一八日、これらを各保証協会に送付した。そして、神奈川県信用保証協会が同月二五日に一〇〇〇万円につき、川崎市信用保証協会が同月二六日に一五〇〇万円につき、それぞれ信用保証を受託することを決定したため、丁沢は、同日、原告にその旨連絡するとともに、原告に対する右合計二五〇〇万円の貸出につき実行予定日を同月三〇日として稟議書を作成し、さらに、同月二九日、原告から、銀行取引約定書並びに右一〇〇〇万円及び一五〇〇万円についての各金銭消費貸借契約証書を受領した。【≪証拠省略≫、証人丁沢E介、同甲山C雄】

5  ところが、被告青葉台支店では、平成八年一月三〇日、前記のとおり原告の実質的経営者であるC雄が代表取締役をしていた日野建設が破産宣告を受けていることなどから、原告に対する融資を拒絶することとし、翌三一日、丁沢とその上司がC雄にその旨を説明し、さらに翌二月一日、正式に融資を拒絶する旨を告げた。【≪証拠省略≫、証人丁沢E介、同戊野F作、同甲山C雄】

6  原告は、本件競売事件における本件土地建物の買受残代金四一一二万四〇〇〇円を納付期限である平成八年二月九日までに納付できず、買受申出保証金八九九万六〇〇〇円の返還を請求できなくなった。【≪証拠省略≫】

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  被告の原告に対する融資拒絶の意思表示が遅きに失し、これにつき被告担当者に過失があったか、また、被告は、融資拒絶の際、他の金融機関等を紹介する義務があったか

〔原告の主張〕

(一) C雄は、平成八年一月八日ないし九日、丁沢に被告から原告に対する融資を依頼した際、その資金使途が競落代金であること、原告代表者のA子はC雄の娘であり、名目的な代表取締役にすぎないこと、C雄の経営していた日野建設が破産宣告を受けており、A子を原告の代表取締役にしたのはこのためであることを説明した。

したがって、被告がこれらの事実を理由に原告に対する融資を拒絶するのであれば、競落代金の納付期限が同年二月九日であったのであるから、信義則上、速やかに原告に対してその意思を明らかにすべきであった。

(二) しかるに、丁沢は、当初から原告に対する融資に積極的な姿勢を示し、平成八年一月二六日に、C雄に各保証協会が保証受託を決定したことを伝えた際、融資が確実であると説明するなどした後、突然、同月三一日に融資ができない旨を告げたものである。

右の被告ないし丁沢の言動は、前記の信義則上の義務に反するものであり、また、丁沢には、不法行為法上の過失があったというべきである。

(三) また、被告は、右のように突然融資を拒絶するのであれば、信義則上、原告に対し、他の融資機関を紹介すべきであるのに、原告の懇請にもかかわらず、これをしなかった。

〔被告の主張〕

(一) 丁沢が、原告の融資金の使途が競落代金であること及び原告の代表者がC雄の娘であり、C雄が実質的な経営者であることを知ったのは、平成八年一月一二日に原告から各保証協会に対する保証委託申込書を受領した際であり、また、C雄が経営していた日野建設が破産宣告を受けたことを知ったのは、同年二四日に追加書類を受領した際である。

(二) 被告が原告に対する融資を拒絶したことについては、次のとおり正当な理由がある。

(1) 原告代表者のA子は、名目的な代表取締役にすぎず、原告の実質的経営者であるC雄は、同人が代表取締役をしていた株式会社日幸不動産(以下「日幸不動産」という。)を平成五年二月ころ、日野建設を同年五月、それぞれ倒産させた。

(2) 本件競売事件における債務者兼所有者は日幸不動産及び日野建設であり、両社の代表取締役であるC雄が実質的に経営する原告が本件土地建物を買い受けることは、民事執行法六八条との関係で問題がある。

(3) 本件土地建物の買受申出人は、A子個人であり、原告が被告からの融資金を買受代金の支払に充てることは、A子に対する転貸となり、融資申込みの際の資金使途と異なることとなる。

(三) 右のとおり、丁沢は、原告の融資申込み当初は融資金の使途及び原告代表者やC雄に関する事情を知らなかったのであり、また、被告による融資拒絶には正当な理由があった。

(四) 被告が原告に対し他の融資機関等を紹介する義務があったとの主張は争う。

2  原告代表者の名義で提供した買受申出保証金の没収は、原告の損害といえるか

(一) 原告は、本件競売手続において、当初原告の名義で入札したが、その入札額より高い金額による入札があるとの噂を聞いたため、代表者であるA子名義で再度入札をしたものである。したがって、A子名義での入札についても、その実質的な買受申出人は、原告である。

(二) また、原告は、本件入札についての買受申出保証金を、C雄やその家族からの借入金によって提供し、C雄らに対し、債務を負っている。

(三) したがって、右買受申出保証金の返還が受けられなくなったことにより、原告に同額の損害が生じた。

〔被告の主張〕

(一) 本件競売手続において本件土地建物につき買受申出保証金を提供して入札し、売却許可決定を受けたのはA子であり、また、右買受申出保証金は、C雄とその家族が出捐したものである。

(二) したがって、原告は、右買受申出保証金の返還が受けられなくなったことによる損害は受けていない。

3  被告が速やかに融資を拒絶しなかったことと、原告が買受代金を納付できなかったこととの間に因果関係があるか

〔原告の主張〕

(一) 原告は、本件競売事件において本件土地建物につき入札をするころから、岩原工業株式会社(以下「岩原工業」という。)及び岩功技建株式会社(以下「岩功技建」という。)を経営する丙谷に資金提供を依頼し、同人もこれを承諾していた。そして、両社は、信用保証協会等にも実績がある優良企業であり、丙谷や岩原工業が所有する不動産にも担保余力があったから、被告が早期に原告に対して融資ができないことを伝えておれば、原告は、丙谷の協力により本件土地建物の買受残代金を納付することができた。

(二) しかるに、被告が原告に融資拒絶を伝えたのは、買受代金納付期限の僅か九日前であったため、丙谷も資金の準備をすることができず、この結果、原告は、右期限までに買受残代金を納付することができなかった。

〔被告の主張〕

(一) 原告の実質的経営者であるC雄は、前記のとおり日幸不動産と日野建設を倒産させ、同人自身も、信用保証協会等に対し多額の保証債務を負っていた。

(二) また、原告は、同時の直近六か月の売上が二〇〇〇万円に満たず、担保とすべき不動産も所有していなかった。

(三) したがって、仮に被告が早期に原告に対する融資を拒絶していたとしても、原告は、他の金融機関はもちろん、いわゆる町金からも融資を受けることはできなかった。

4  過失相殺の可否

〔被告の主張〕

原告の実質的経営者であるC雄は、資金使途が競落代金であることが判明すると融資を受けることが困難であることを認識しており、このため、神奈川県信用保証協会に対する信用保証委託申込書の資金使途欄に、「建設資材置場兼事務所の用地代及び建設費」と虚偽の事実を記載した。

したがって、仮に丁沢に早期に融資を拒絶しなかった過失があるとしても、原告に対する損害賠償額の算定に当たっては、過失相殺がされるべきである。

〔原告の主張〕

争う。

第三争点に対する判断

一  争点1(融資拒絶時期についての被告担当者の過失等)について

1  ≪証拠省略≫(甲山C雄の陳述書)、≪証拠省略≫(丙谷D郎の陳述書)、≪証拠省略≫(丁沢E介の陳述書)及び≪証拠省略≫、並びに証人甲山C雄及び同丙谷D郎の各証言によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件土地建物は、いずれももと日幸不動産の所有であり、本件競売事件は、日幸不動産と日野建設を債務者とするものであって、平成七年一〇月一一日、入札期間を同年一一月一〇日から同年一七日までとし、売却決定期日を同年一二月一日として売却を実施する旨の通知がされたが、原告は、本件土地建物を倉庫として使用していたため、これを競落する必要に迫られた。そこで、C雄は、右通知のころ、仕事の上で親交のあった丙谷に資金的な協力を依頼し、丙谷もこれを承諾した。

(二) 原告は、本件競売事件において、平成七年一一月一三日、買受申出保証金八九九万六〇〇〇円を提供の上、本件土地建物につき価額四六一二万円で入札をしたが、他に右価額より高い価額による入札があったとの噂を聞いたため、前提事実2のとおり、同月一五日、代表者であるA子の名義で買受申出保証金を提供の上、価額五〇一二万円で入札し、最高価買受申出人として売却許可決定を受けた。このため、原告は、右入札価額から二件分の買受申出保証金額を控除した三〇〇〇万円余りの資金手当てをする必要が生じ、C雄は、前記のとおり予め協力を依頼していた丙谷に相談をした。

(三) 丁沢は、平成六年一〇月から被告青葉台支店の営業第二課に勤務し、営業上、支店長代理の肩書を使用していたが、平成七年、取引先の新規開拓のため、岩原工業等を経営する丙谷を時折訪問して、被告との取引を勧誘していた。しかし、岩原工業等には既に取引銀行があったため、丙谷は、右勧誘に応じていなかった。

このような中で、丙谷は、C雄から右(二)の相談を受けたため、丁沢に対し、原告への融資を持ちかけたところ、丁沢は、岩原工業等との取引のきっかけになると考え、これに積極的な融資を示した。その際、丙谷は、丁沢に原告の融資金の使途、原告の代表者とC雄との関係、及びC雄が原告の代表者となっていない理由等を説明した。

(四) そして、前提事実3のとおり、C雄は、平成八年一月八日、岩功技建の事務所(岩原工業の経理関係の事務所)において、丙谷から丁沢を紹介され、被告から原告に対する融資を申し込んだ。その際、C雄は、融資金の使途が本件土地建物の競落代金支払であること、C雄が経営していた日野建設が倒産したため、原告の代表者を名目的にA子としているが、実際の経営者はC雄であること等を説明し、競売関係の資料も交付した。また、C雄は、前提事実4のとおり同月一二日に丁沢に各保証協会に対する信用保証委託申込書を交付した際、日野建設の会社案内等も併せて交付した。

以上のとおりである。

2  右1の認定に対し、証人丁沢E介は、平成八年一月八日にC雄から融資を申し込まれた際には、その資金使途の説明は受けておらず、競売関係の資料も受領していない旨、C雄から融資金の使途が競落代金の支払であること及び原告代表者のA子がC雄の娘であって名目的な代表取締役にすぎないことを初めて聞いたのは、同月一二日に各保証協会に対する信用保証委託申込書を受領した際である旨、さらに、C雄が日野建設を倒産させたことを聞いたのは、同月二四日に追加書類と日野建設の会社案内等を受領した際である旨、そして、右いずれの点も原告に対する融資の障害とはならないと考え、上司には報告しなかった旨供述し、≪証拠省略≫(丁沢E介の陳述書)にも同旨の記載がある。

しかし、まず、資金使途については、銀行の担当者が融資の申込みを受ける際に、その使途を全く聞かないということは極めて不自然であり、また、≪証拠省略≫によれば、丁沢が、資金使途が競売代金であること聞いたという平成八年一月一二日以後に各保証協会に提出した書類の金融機関所見欄には、丁沢により資金使途として買掛金、仕入資金の支払等が記載されていることが認められ、丁沢が原告の資金使途が競落代金の支払であることに問題を感じていなかったとすれば、同人が右のように記載したことの合理的な説明は困難である。他方、本件土地建物についての代金納付期限は同年二月九日であり、C雄と丁沢が初めて面談した同年一月八日の僅か一か月後であるから、C雄が、その際に融資の実行の可能性及び実行日との関係で、本件競売事件の説明をしなかったとは考え難い。さらに、証人丁沢E介は、原告から本件競売事件の資料を受領しなかったことの根拠として、被告側の本件関係書類の綴りに右のような資料がなかったことを挙げるが、同証人が、他方では、平成八年一月二四日にC雄から日野建設の会社案内等を受領したが、これも右綴りには残っていなかったと供述していることに照らせば、資料が残存していないからといって、これを受領しなかったものと推認することはできない。

次に、C雄が被告の代表取締役となっていない事情について、≪証拠省略≫によれば、丁沢が原告との交渉経過を被告内部で報告した書類である法人カードには、平成八年一月八日の欄に、同日丁沢が面談した相手が「経理甲山氏(代取実父)」と記載されていることが認められ、右記載と原告代表者の名(A子)が女性の名であることは明らかであることを考え合わせると、同日、C雄から原告代表者であるA子は同人の娘であって、名目的な代表取締役にすぎないことの説明があったものと推認でき、少なくとも、右事実を聞いたのが同月一二日であるという証人丁沢E介の前記供述等は、信用できない。さらに、同証人は、前記のとおり平成八年一月二四日にC雄から日野建設の会社案内等を受領し、C雄が同社を倒産させたことを聞いたと供述するが、原告ないしC雄が、日野建設倒産の事実を秘匿しようとしたのならともかく、被告からの融資の話が前向きに進行中に、当初告げていなかった右事実を自ら資料等を用意して説明するとは、通常考え難い。

以上の諸点に≪証拠省略≫並びに証人甲山C雄及び同丙谷D郎の各証言を総合すると、原告の融資金の使途やC雄が原告の代表取締役となっていない事情を聞いた時期に関する証人丁沢E介の前記供述等は、採用できない。

3  そして、≪証拠省略≫並びに証人丁沢E介及び同戊野F作の各証言によれば、丁沢は、原告の融資金の使途やC雄が原告の代表取締役となっていない事情等について上司に報告しないまま、原告に対する融資につき、その資金使途を長期運転資金として、被告青葉台支店内の稟議にかけた(前提事実4)が、決裁の過程で右事実が上司の知るところとなり、結局、前提事実5のとおり、被告において原告に対する融資を拒絶することとなったことが認められる。

4  そうすると、被告が前提事実5の理由により原告に対する融資を拒絶したこと自体は止むを得ないものであり、不当とはいえない(原告もこれを違法とは主張していない。)が、被告の被用者である丁沢が、C雄らから右拒絶の理由となった事実関係の説明を聞きながら、これを上司に報告しないまま原告に対する融資の手続を進め、結局、被告における融資拒絶の決定の時期を遅延させたことについては、過失があるというべきである。

二  争点2(原告の損害の有無)について

本件土地建物は、原告が倉庫として使用しており、そのために原告において競落する必要に迫られたこと、そのため、原告は、いったん原告の名で入札をしたが、その入札価額より高い価額による入札があるとの噂を聞いたため、原告代表者であるA子名義で、右原告名義の入札より四〇〇万円高い価額により再度入札したことは、前記一の1で認定のとおりであり、≪証拠省略≫及び証人甲山C雄の証言によれば、原告は、C雄の同族会社であり、右二件の入札についての買受申出保証金は、いずれもC雄の家族の手持ち資金で提供したことが認められる。

右事実によれば、A子名義でされた本件土地建物の入札についても、その実質的買受申出人は、原告であり、そのための買受申出保証金も原告の負担により提供されたものと認められる。

したがって、右買受申出保証金の返還が受けられなくなったことにより、原告に同額の損害が生じたというべきである。

三  争点3(因果関係)について

1  C雄が本件土地建物の入札につき丙谷に資金協力を依頼し、丙谷もこれを承諾していたことは、前記一の1で認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、現に丙谷は、原告の被告からの合計二五〇〇万円の借入についても連帯保証を承諾していたことが認められる。また、≪証拠省略≫並びに証人丁沢E介及び同丙谷D郎の各証言によれば、丙谷は、平成八年当時、岩原工業及び岩功技建を経営し、前者の年間売上は約八億五〇〇〇万円、後者の年間売上は約三億円であって、いずれの業績もよかったほか、同人個人や家族、会社名義で多数の不動産を所有し、その評価額は設定された抵当権の被担保債権額を超えており、金融機関に対する信用もあったこと、岩原工業は、平成八年二月に信用保証協会の保証の下に、城南信用金庫から二〇〇〇万円の融資を受けたが、その手続に要した時間は二週間程度であったことが認められる。

右事実に、代金納付期限までに買受代金を納付できないことにより原告には約九〇〇万円もの損失が生じることになるから、原告が右納付のため最大限の努力をすることは推認に難くないことを併せ考慮すると、丁沢が平成八年一月八日又は一二日の段階で速やかに前記原告の代表者に関する事情を上司に報告して原告に対する融資を諮り、融資が困難であることを原告に告げていれば、原告は、丙谷に協力を求め、同人又はその経営する会社が他から融資を受けた金員を借り受けるなどの方法によって、本件土地建物の買受残代金の納付に必要な三〇〇〇万円余りの金員を納付期限である同年二月九日までに準備することが可能であったと推認することができる(なお、仮に、丁沢が日野建設倒産の事実を知ったのが同年一月二四日であったとしても、右納付期限までには二週間以上あったから、右事実に照らせば、原告が、同日以降、右のような方法により納付期限までに資金を準備することも可能であったと考えられる。)。

2  他方、原告が被告から融資が困難であることを告げられたのが代金納付期限の九日前である平成八年一月三一日であったことは前提事実5のとおりであり、証人甲山C雄及び同丙谷D郎の証言によれば、右九日間の間には他から融資を受けることはできなかったことが認められる。

3  したがって、丁沢が前記過失により被告の融資拒絶の決定を遅延させたことと、原告の前記損害との間には因果関係がある。

四  争点4(過失相殺)について

本来、競売手続において最低売却価額の二割に相当する買受申出保証金を提供の上、入札に参加しようとする者は、売却の許可を受けた場合に備え、代金納付の資金を準備しておくべきことはいうまでもない。しかも、前記のとおり本件競売事件は、C雄が代表取締役であった日野建設及び日幸不動産を所有者兼債務者(本件土地建物の所有者は日幸不動産)とするものであるから、C雄が実質的な経営者である原告が本件土地建物を競落することは、民事執行法六八条の趣旨からも問題があり、証人甲山C雄の証言によれば、C雄も右の点は理解し、金融機関から本件土地建物の競落代金の融資を受けることが困難であることを認識していたことが認められる。したがって、予め丙谷に協力を依頼し、その承諾を得ていたとはいうものの、原告が代金納付につき具体的な資金計画がないまま、本件土地建物につき入札したことには、そもそも無理な点があったことは否めない。また、前記のとおり、本件競売事件の売却許可決定期日は平成七年一二月一日であり、原告に対する代金納付期限の通知がされたのは同月一三日であるのに、C雄が予め資金協力の承諾を得ていた丙谷から紹介された丁沢と初めて面談したのは、代金納付期限の一か月前の平成八年一月八日であり、しかも、丁沢から各保証協会の保証受託の決定の連絡を受けた同月二六日までの間、被告からの融資が受けられない場合に備えた措置を採っていた形跡はない。

さらに、≪証拠省略≫及び証人甲山C雄の証言によれば、C雄は、神奈川県信用保証協会に対する信用保証委託申込書の資金使途欄に、自ら「建設資材置場兼事務所の用地代及び建設費」と虚偽の事実を記載したことが認められる。

右の諸点を総合すると、被告の融資拒絶の決定が遅れたことにより原告に買受申出保証金相当額八九九万六〇〇〇円の損害が生じたことについては、原告側にも大きな過失があるというべきである。

そして、右原告側の過失をしんしゃくすると、丁沢の過失につき被告が使用者責任に基づき原告に賠償すべき金額は、右損害から約五割五分を減じた四〇〇万円とするのが相当である。

第四結論

以上の次第により、原告の請求は、被告に対し、使用者責任に基づく損害賠償として四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年六月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木健太)

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